Natsume's Blog

日々思ったこと、感じたこと、徒然なるままに。 人生最後は笑ったもの勝ち。

 

 

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2006
08/27
モンゴル旅行記-4
色んな足跡

「車 動物 ヒト 色んな足跡」


8/8(火)

初めての寝台列車、深夜まではかなりの暑さの電車。
結局あまり眠れず朝を迎える。

16時半に電車に乗って、到着は7時10分。
14時間40分電車に乗り、目的地の街・ザミウンデへと到着。
中国との国境に最も近いこの街は、中国から仕入れてきた荷物をつんだりと、朝から駅は騒がしい。
駅は近代的な綺麗な駅。
ザミウンデ ザミウンデ2

私たちは、車に乗り、朝食場所のツーリストキャンプに向かう。
車はロシア製の、いわゆるオフロード用の車。
ロシア車

なんか失礼だが、ロシア製というだけで、少々不安になる。
これに乗り、おおよそ10分。駅から一番近いツーリストキャンプへと到着。
朝食をとる。

たった駅から10分ほどなのに、すでにアスファルトの道なんてない。
道

朝食後、出発。
まずは中国との国境地点を目指す。
走行中、車が突然止まる。故障か?と思ったらガス欠。
近くのガソリンスタンドまでなんとか戻って、ガソリンを入れる。よくあることみたいで、テキパキしていた。
基本的にモンゴルの人は、車が故障しても自分たちで修理をする。
「ロシア製の車は単純で、パーツも街で売ってるので自分たちでできる」とのこと。
逆に日本製の車は複雑で、パーツも売っていないので修理が自分たちではできないと言っていた。
ロシア製でいいんだか、悪いんだか複雑な気分。

車は中国への国境へと近づく。警備が厳しくなってきた。
各手続きをした後、警備員が一人車に乗り込んで、国境地点へとたどり着く。

そしてこれが国境にある国境塔。
国境塔

警備員も当然居る。警備員がいる黄色い部分、あそこが中国とモンゴルの境になる。
男性が中国側、女性がモンゴル側となる。
モンゴルと中国の境

島国日本では考えられない陸の「国境」
ここにちょっとでも近づこうとすれば、ものすごい剣幕で怒られる。

すぐ隣には線路。中国の駅も見える。
どこまでもまっすぐな線路。
線路 まっすぐ

電車も通っていた。
列車

国境塔を後にし、車はここから過酷な道となる。
オフロードの道をひたすら走るのだ。当然舗装された道などなく、ガタガタの道を走る。

一応「ゴビ草原」とはいうものの、実際は草原というほど草はなく、まさに「ゴビ砂漠」に近い。
車内はエアコンなんてない。砂漠に近くかなり暑いため、窓を開ける。
電車以上の砂が車内に入ってくる。

砂漠と青空 あとは何もない。
砂漠と空

遠くに走っている車が見える。
遠くに車

たまーに動物を見る。それ以外、本当に何もない。
揺れる車内、それ以上にかなりの暑さの車内。寝不足の体。体力がものすごい勢いで消耗していく。

休憩を挟みながら、3時間後、ようやく目的地のツーリストキャンプへと到着する。
白いゲルが見えたとき、ほっとしたのを覚えている。
ツーリストキャンプ

さすがに全員よれよれ。
特に暑さに弱い私はフラフラだった。ここで昼食を食べるも、ほとんど喉を通らない状態だった。

暑い・・・・。
湿度の低い暑さはスペインでも同じような暑さを体験している。あの時は42度だった。
あの時は全然平気だった。むしろ暑さが心地よかった。
「何度ぐらいですか?」と聞くと「35度ぐらいじゃないか」といわれる。
この気温なら日本でもよくある気温だ。むしろ、湿度の高い日本の方が辛いはず。

なのに、なんでこんなに辛いのか。
それは「日陰」がまったくないからだ。
砂と空。それのみ。当然建物なんてない。日陰がない。
後から聞いた話では、この日は特別暑かったとのこと。ガイドさんも暑さで参ってた。
普段はもう少し涼しいらしいが、この日はまさに灼熱だった。

昼食後、ゲルで少し休憩時間。
ゲルの中は少しは涼しい。
休憩すると体調が少し良くなった。

これからラクダに乗る。楽しみにしていた一つだ。
なんともかわいらしいフタコブラクダ。
ラクダのコブの部分は脂肪でできているため、そこで太っている・痩せているがわかる。
らくだ

ほとんどのラクダがコブが横に垂れてしまっていた。痩せてしまっているらしい。なんだかかわいそう。

それでもラクダはとても楽しかった。
砂漠の中を30分。温厚な、おとなしいラクダはゆっくりゆっくり進む。
3メートル近くの高さのため、かなりの灼熱。とにかく暑かったけれど、それ以上に楽しかった。
ラクダと砂漠

ラクダの顔って、なぁんだかかわいい。馬も一緒でした。
顔がかわいい

ちなみにこれに乗っているとき、気分的にものすごく
それではここでクエッションです!」って言いたかった。

気分はミステリーハンターなのでした。

ゲルに戻り、休憩。
私は暑さでバテバテだったので、日本に居る友人に手紙を書いたり、少し横になっていたり。
一緒に行った友人は暑さに強く元気だったので、隣の山までお散歩しにいってた。

私は少し休憩して、外に出る。友人を追おうかと思ったが、暑さで断念。
おまけにハエが多くて段々ムカムカしてくる。暑さで心が狭くなってきた・・・。

ゲルの周りを軽くお散歩していると、ラクダを引っ張ってくれた女の子がいた。
私を発見すると、ちょっと照れている。
「一緒にお話しよ!」私から話かけた。言葉はわからないから、笑顔でおいでおいで、と。
異文化交流してみたかった。旅の目的の一つでもあった。
だけど、言葉はまったくわからない。

旅行会社から配ってくれた「旅の指さし会話張」を出す。
これは日本語、モンゴル語、そして絵が描かれている簡単な辞書みたいなもので、これを指差しながら会話ができるという優れもの。

名前は?何歳?家族は?
指さし会話張を使いながら交流を始める。
彼女は13歳だった。もう少し下の年に見えた。モンゴルは逆に20歳を超える人は、もう少し年上に見える。
この年で親の仕事を手伝っている。えらいなぁと関心。
でも「えらいね」という会話が載っていなかったので、「かわいいね」を指差す。確かにかわいい子だった。
とっても照れながら「バイラルラ」(ありがとう)
彼女の家族も交えて指差し会話張で予想以上に色々話ができた。

最後は私のデジカメで遊びながらお互いを撮りあった。
マンレちゃん
マンレちゃん、元気かな。今日も笑ってる?とっても明るい、ちょっと照れ屋な子だったね。
真っ黒に焼けて、今日もラクダを引っ張ったりと、お母さんの手伝いをしてるのだろうか。

すごくすごく貴重な体験だった。
もし私が元気だったら、隣の山まで砂丘を見に行って、こんな交流はできなかっただろう。
交流したのは私だけだった。
会話張に色々書き込んだ。私の名前も説明した。上手に発音してくれた。

彼女はモンゴルの言葉で色々書き込んでくれた。当然読めないので、後日ガイドの人に聞いた。
最後に、こう書いてくれたようだ。

「私の写真、送ってね」

なんだか嬉しかった。
旅行会社に送れば届くとのこと。

きっと送るよ。
沢山書き込まれた「旅の指さし会話張」はモンゴル旅行の大事な思い出の一冊になった。

ツーリストキャンプを後にし、5分ほど車に乗ってツァガンハド駅に向かう。
今日もここから寝台列車に乗り、ウランバートルへ戻る。

めっちゃ辛い。
相変わらず暑い。

線路以外に何もない。
体がだるい。荷物が重い。日差しが強い。

線路横をとぼとぼ歩く。
なんせ停止位置がわからないので「この辺」というところで電車を待つ。

10分ほど遅れて電車がやってくる。
しかし停止位置がわからないので、当然待っていたところとは、ずれている。
列車の停止時間は2分。列車が止まりそうになったら、「あそこらへんだー!!」とばかりに、全速力で車両まで走る。

弱った体になんて仕打ちを!!!(泣)

ヘロヘロになりながら、走る。なんとか電車に乗る。
そして車内はもっと暑い。

か、勘弁してくれぇ!!!

とりあえず、着替えて、コンタクトを外して、シーツを引いて、横になる。
水を飲む気力もない。飲んでも飲んでも汗で流れる。
今思うと、脱水症状だったのだろうと思う。確かに人より汗をかくのに、人より水を飲んでいなかった。

とにかく暑さが引けばなんとかなるのに、相変わらず暑い。
もう砂は気にならない。それ以上に体がダメージを受けていた。
横になっても、暑さと疲れで眠れない。首の付近が汗でぐっしょりしていた。

それでも9時前、夕日の時間になった。よろよろ廊下に出てみるとすごく綺麗に空が染まっている。
わずか5センチぐらいしか開かない部屋の窓をこじ開けて、腕とカメラを出して、夕日を映す。
苦労して撮った一枚は、感動も大きい。
いい写真が撮れた。思い出の一枚。
夕日 夕日と列車

夜、途中駅で降りて水を買う。
10歳ぐらいの男の子が、全速力で走ってきて水を売りに来る。
1.5リットルの水を2本、両手にかかえて、何度も何度も往復してくれる。
本数聞いて、ちょっとまってて、と言われて、水を持ってきてもらって、お釣りを持ってきて、と水を買うのに3往復ぐらいしていた。
少し、切なくなった。1.5リットルで60円ぐらいだった。

水はよく冷えていた。まだ少し凍っていた。
冷えた水は生き返るようだった。
出されたお弁当はほとんど食べれなかったけれど、水の冷たさが嬉しかった。
ああ、生き返る・・・・

行きにあまり眠れなかった寝台列車は、冷たい水を飲めた後、途中で何度か起きるも、あまりの疲労のせいか、熟睡できた。
暑さは深夜にようやくおさまり、早朝は寒いぐらいだった。
とにかく気温の差が激しい。

少年から買った1.5リットルの水は半分ぐらい飲んだ。
それでもトイレは電車に乗ったとき一回、降りる前に一回と、15時間近くでわずか2回しか行かなかった。
完全に水分不足だったようだ。

しかしこの水は、ツアー客全員に「冷たくて嬉しい!」と幸せを与え
後の工程に大打撃を与えるとんでもない代物だった。

涼しいと思っていたモンゴル。
予想に反して暑い暑い、一日だった。
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2006
08/25
モンゴル旅行記-3
何もない

「何もない でも日本にはない、何かがある」


8/7(月)

さわやかに起床。
ホテルの朝食をとって、朝の散歩をする。
朝の気温は20度ないだろう。半袖では少し肌寒いぐらい。湿度も低くてさわやかな朝。
今日は月曜日。昨日は交通量が少なかったけど、今日はとても多い。
ウランバートルは朝から元気だ。
朝のウランバートル 朝のウランバートル2

まずは24時間営業している郵便局に行き、ポストカードや切手を買う。
モンゴルらしい切手が沢山売っていて、見てるだけて楽しい。
日本も24時間営業になれば、便利なのにな、なんて思う。
各地方向けの?小さなポストのような入れ物がたくさんあって、昔の日本の郵便局ってこんなのかな、なんて想像できる。

郵便局を後にし、目の前のスフバートル広場へ。
ここはモンゴル革命の指導者の一人で、国の英雄・スフバートルの像がある広場。
広い広場の中央にスフバートルさん、青々とした空によくマッチしています。
スフバートルさん

広場でしばらくボーっとしたあと、ホテルに戻り、みんなと合流。

今日は市内観光から。
まずはガンダン寺へと向かう。
モンゴル最大の寺院・ガンダン寺はチベット仏教寺院で、社会主義の時代に極左政権によって迫害され寺院としての機能を失うも、1940年代に復活した寺だ。

モンゴル人の主な宗教はチベット仏教。チベット仏教に触れるのは初めて。
まずは入り口
ガンダン寺

そして中には26メートルの観音像があり、目が開いていたのが印象的(写真撮影不可)
他にも色々あるのだが、印象的だったのがこれ。
マニ車
これはマニ車といい、マニ車は寺院のありとあらゆるところにあり、これをぐるぐる回すのだ。
マニ車に書かれている経文には一つ一つに意味があり、全て意味が違うとのこと。
なかなか面白い。

同じ敷地内にモンゴル仏教大学なんかもあった。
建設中の建物もあって、まだまだ色々できそうな雰囲気だった。
大学など

ガンダン寺を終え、次は自然史博物館へ。(中は撮影不可)
ここの目玉は恐竜の骨格標本。
恐竜のほぼ完全な骨格標本があり、改めてその大きさにびびる。
「なぁんでこんな大きな生物が絶滅したんだろうなぁ」なんて考えたりする。
恐竜の卵の化石や、それ以外にも、モンゴルにいる動物の剥製など、かなり沢山のものを見せてもらった。
そもそも剥製なんてそんなに見る機会がないのに、数百種類の剥製を一気に見た。
大きいものから小さいものまで。雪ヒョウの剥製なんて、めったに見ることもないし、貴重な体験だった。
ここは見所満載な博物館だった。

一つ印象的だったのが、上の階はモンゴルの幼稚園生や小学生のための展示場になっているところ。
モンゴルには居ないが「世界にはこういった動物がいる」という勉強のための場所になっているのだ。
そこに居た動物たちの共通する点は「海の動物」。カモメやペンギンなど。

ああ、そっか、モンゴルって海がないんだ。周りをロシアと中国で囲まれた、海のない国なんだ。
「モンゴル人は海が憧れ」「日本に行ったら海が見たい」
旅行中、何度かこういう話を聞いた。
日本は島国で、当たり前のように海があるけど、そういう当たり前のことを忘れていた。
家に帰って世界地図を見て、改めて日本列島って素敵って思った。
日本は海に囲まれてるんだなぁ、それだけなのにちょっと幸せになった。

自然史博物館を終え、昼食の時間。
昼食場所はゲルのかたちをしたレストラン。
昼食
白い布で覆われた部分がゲル。
レストランとはいえ、初めてゲルの中に入る。
中はレストランらしく綺麗に飾られ、想像以上に涼しく、そして広かった。
夏は涼しく、冬は暖かくなるように、風が吹いたら飛ばされないように、あらゆるところに工夫が凝らされているゲルは、本当によくできていた。

ここではモンゴル餃子を食べる。
モンゴルの餃子は大きくわけて3つ。
肉まんのような調理法の「ボーズ」揚げ餃子の「ホーショール」水餃子の「バンシ」だ。
かたちは各家庭によりさまざま。中は羊の肉が入っていることが多い。
モンゴル餃子
手前がホーショール、奥左がバンシ、右がボーズ。
羊の肉は少し臭みがあるけど、美味しい。日本のような焼き餃子がないのが面白い。
しかしこの料理が出てくる前の前菜とスープがかなりの量でお腹一杯だったので、食べ切れなかった。

昼食を終え、午後は市場のメルクーリ・ザハへ。ここは肉、野菜、果物、海外の食品、チーズ、スパイスなどが置いてある代表的な市場。
ザハ1 ザハ2
市場を見るのも旅の楽しみの一つ。その国の台所事情や、本当の価格がわかるところだからだ。
買うのは旅行の後半においておいて、今日は軽く下見。
とにかく色んなものが安い。ロシアからの輸入もののキャビアは、缶詰でおおよそ300円ぐらいだった。

その後、スーパーに行ったり薬局に行ったり。朝行ったスフバートル広場にも再び行く。
朝はあんなに涼しくてさわやかだったのに、午後は本当に日差しが強くて暑かった。

そしてバスはウランバートル駅へ。
ウランバートル駅

少し時間があったので、駅前のお土産屋さんをフラフラ。
面白いものを見つける。それがコレ。
毛皮
何かの動物の毛皮なんだけど、あまりにもリアル。まさに毛皮です、さっき剥いできました状態。
耳だって口だって全部残ってる。足の爪まで残ってる。確かに毛皮だけど、これはどういう目的で購入するんだ?
これを首に巻くのか?でもにおいをかぐと獣臭がする。結構臭い。爪があたって痛い。これ、落ち着けない。
これは結構普通にあちこちで売られていて、冬の使用方法が気になるところ。
ちなみに毛はとーってもやわらかくて、気持ちよかった。

そして時間になったので、ウランバートル駅に再び。
今日はここからモンゴル唯一の電車、しかも寝台列車に乗って、東ゴビ方面のザミウンデへと向かう。
15時間近くの長い列車の旅。

地面とまったく差がない線路に感動する。
「世界の車窓から」で、こういうシーンを見たことがある。
目の前にあることが嬉しくてたまらない。
線路
線路に降りても誰も何も言わない。日本じゃ一大事なのに。ここは、モンゴルなんだなぁと思う。

そして電車がやってきた。
列車
とにかく長い長い列車。なんと20両もあるそう。
線路がホームと同じ高さのため、電車に入るときは階段を上る。早速中へと入る。
私たちは一番いいクラスの4名用のコンパートメントを2名で使うようになっている。
部屋の中はこんな感じ。
寝台1 寝台2
廊下は狭い。50センチぐらいかな。
寝台廊下

初めの感想は、思ったより大丈夫そうだな、意外とちゃんとしてそう、ということ。
一応トイレもある。お湯も自由に使えるようになっている。
モンゴルのお茶、スーティー茶を出してくれたりした。
スーティー茶は、塩が入ったしょっぱいミルクティー。
初め飲んだらびっくりするけど、これはちょっとくせになる味。

しかし、車内がかなり暑かったので、窓を開けようとしたら開かない。とにかく固い。
「開かないんですけど」と客室乗務員みたいな女の人に言ったらペンチみたいなものを持ち出し、力任せに5センチぐらいあけてくれた。これが限界らしい。

「・・・・・開いたはいいけど、どうやって閉めんの?」
結構力がありそうな、女の人が力任せに開けてくれたけど、閉めれるのか?コレ?と少々不安になる。

暑い車内に少しだけ風が入ってきて涼しい。
と、同時に砂も入ってくる。砂は窓を閉めても入ってくる。
列車の設計そのものが、かなり隙間がある状態なのである。
机を拭いても、少し経つともう砂で机がざらざらになってしまう。
日本じゃ考えられないなー、電車に乗って、砂が入ってくるなんて気にしたことないし・・・モンゴルらしいと思う。

しかし、窓から見える景色は格別。
草原と雲 草原と雲2 列車が見える

どこまでも続く草原、青い空。たまに動物たちが居たりして。
途中まであって電線がなくなると、本当に何もない。
だけど同じようで違う雲、草原、山。

見飽きることはなかったなぁ。

夕飯はお弁当を食べ、列車はゆっくりゆっくり進む。時速にすると30キロぐらいだろうか。
ヘタすると馬と速度が変わらない。ハエが追っかけてくる。
列車なのに、ゆっくりなんだなぁ。
食事をして少しうとうとしていたら「夕日が見える!」と言われて廊下に出てみる。

時刻は午後9時前。ちょうど夕日の時間だ。

カンボジアの夕日を思い出す。
でもカンボジアのときは、苦労して登った高い山から見た夕日だった。

ここは、電車の中。しかも平地。地平線が見える。
夕日に牛や馬も染まる。なんて幻想的だろう。
夕日3 夕日1 夕日2

ああ、綺麗だったなぁ・・・・。

さて、日も沈んだし、砂もかなり多くなってきたので、怪力乗務員があけた窓を閉めなければならない。
「・・・・・どーしようか」と言いながら、とりあえずチャレンジ。

「ふんがぁぁぁ!!!!」と、かなりの力を入れたら、なんと閉まりました。
怪力なオイラ。嬉しさ微妙。とりあえず閉まったのでヨシとする。
しかし窓といい、ドアといい、とにかく開かなかったし閉まらなかったり。
隣の部屋の人たちは、ドアが開かなくなったみたいで、隣から激しくドンドン壁を叩かれ、「あけてください!!」と悲痛な叫びが聞こえてきた。
隣の部屋のドアは壊れ気味だった。
私たちの部屋のドアは壊れていなかったけど、開け閉めのコツがつかめるまで10分ぐらい、ずっとドアを弄っていた。

日が沈んでから、途中で少し止まる駅で途中下車したりして、外に出る。
深夜2時ごろ出たときは星が見たかったけれど、今夜は雲が多いのと、月明かりが明るくて星はあまり見えなかった。
それでもいつも日本で見る空より、全然星はあったのだけれども。

それにしても、寝台列車は深夜になっても、車内はかなり暑い。
東のゴビ地方に向かっているため、そもそも暑い場所に行くから気温が下がらない。
おまけに砂漠地方に向かってるため、砂の量も増えてきた。
しばらくは頭は洗えない。乾燥してるので、のどをやられそうだ。
とにかく守らないといけない。

ウランバートルで購入したマスクをつけ、頭をタオルで巻いて、早々にメガネに変更して、勝負服・ジャージに着替えて臨戦態勢。
こんな感じ(ちょうど顔がわからない程度にぼけてる写真があった)
すごい格好

(奥に友人も映ってしまったが、二人そろって似たような格好)

何ごっこでしょう、これ。
私的には財前先生(By 白い巨塔)のつもりなのですが。
これ、「次の方どうぞ~」って言われたあとの「どうしました?」ってシーンね。

いいから、そういうことにして下さい。

この格好で、隣の部屋から「開けてください!」って悲痛な叫びがあった時に、急いで廊下に出たら、泣きそうな顔してようやく出れた隣の女性が「ぎょっ!」としてた。

そんな目で見ないでよ・・・。

15時間という長い列車の旅は、日が出てるときは飽きることなく風景を、日が沈んでからは、ウトウトしたり、ボーっとしたり、あの格好で白い巨塔ごっこしたり。
だって日が落ちてからはヒマだったんだもん・・・。

それにしても、暑かった。なかなか寝付けなかった。寝れる程度に涼しくなったのは、深夜2時を過ぎた頃だった。

そしてこの睡眠不足と暑さは、今までの旅の中でもっとも過酷なものとする、序曲でもあった・・・・。
2006
08/17
モンゴル旅行記-2
轍が道

「道はない 車の轍が 道となる」


8/6(日)

3時間ほど寝て、起床。短い割には深い眠りですっきりする。
ホテルの窓から見える景色が綺麗。ウランバートルは栄えてる。
ホテルからの眺め

準備をして、朝ちょっとだけホテル周辺をお散歩。
20分ほどお散歩して、ホテルに戻り、再び全員集合。
昼食を食べに行く。

昼食はモンゴリアンBBQというお店。
野菜や肉、ソースなど自分が食べたいものをお皿に盛りお店の人に渡すと、それをまとめて大きな鉄板で炒めてくれるお店。
パフォーマンスも上手で見ているだけで面白い。
モンゴリアンBBQ

スープやサラダなどを取って、今日の昼食。少なそう見えるけどお皿が大きいのでちょうどいい量。
昼食

デザートにアイスも出てきたりして、とってもおいしかった。
そしてここでモンゴルのお酒、アルヒを飲む。
アルヒ

アルヒはウォッカの一種で、38度ぐらいのお酒。ロシア(当時はソ連)から伝わったお酒で、これを小さなコップに入れてぐいっと一気に飲むのがモンゴル流。
そんなにお酒を飲まない私はさすがに一気に飲めない。ウォッカだって飲んだことない。
ちょっと口をつける程度に飲んでみると

ごほっごほっ とむせる。
これはこれは強烈な。38度のお酒なんて初めて飲んだけど、とても飲めない。
けど、味はおいしい。寒い国らしいお酒だな、と思う。

美味しかった昼食を終え、車で移動。建国800周年だけあって、山にチンギスハーンの絵(石を並べたそうだ)なんかあったりする。
山に描かれるチンギスハーン

そしてウランバートルから少し車を走らせただけで、あっという間に草原だけの道になる。
途中の休憩で、交通安全のお守りみたいなもので、石で詰まれた山の周りを3周ぐるぐる回ったりする。

実際に降りると空の色が違う。青が、白が、すごくすごく綺麗。
やはり、この国は空が近い。
遠くに車が・・・
中央の青い部分をぐるぐる回って、交通安全を願う。ピンクのバスは実際に乗っていたバス。

更に車を走らせて、ウランバートルから60キロ、建国800周年のイベント会場へと到着する。
イベント会場

中へ入ると、小さなお店が沢山あったり、中央のステージではモンゴルならではのショーを行ってた。
ステージ1 ステージ2

ここで初めて、ホーミーを聴く。ホーミーは人間の声だけで、2声・3声を同時に発声する唱法のことで、モンゴルの伝統的な歌い方だ。習得するのはかなり難しいらしい。
私はずっと聴いてみたかったホーミーを聴けて感激した。
どこから声を出しているんだろう?まるで楽器のような声。ホーミーも何種類かあって、楽器のような人の声のような、そんな不思議な音はすごく魅力的だった。
なにか、すごく古代の音楽を聴いているような気分だった。

ステージでは他にも伝統の踊りや、馬頭琴を使った演奏、中国雑技団のようなすごく体の柔らかい女性たちなど、飽きさせることなく、さまざまなショーを行っていた。

イベント会場は他にも色々なものがあり、ゲルの作り方、ラクダや馬や、イヌワシなどいたり、とても楽しかった。
ラクダ ゲルの作り方 好きなアングル

しばらく色んなものを楽しみ、いよいよメインイベントへ。
500頭の馬と、500人の人を使った、騎馬隊イベント「ユーラシアの祝祭」を見る。

遠くから馬が走ってくる。砂埃を上げ、馬の大群がこちらに来るだけで「すごい」と見入ってしまう。
遠くから馬が 馬が駆け巡る

全員見事に馬を操り、一人として乱れることなく、まっすぐに並んだり、走ったり、馬上の男性たちがとにかく男らしくてかっこいい。「おおー!!」と吼えながら馬を走らせる姿は迫力が違う。
だって落ちたら大怪我する。だけど誰一人落ちないし、誰一人乱れない。
弓隊、槍隊、剣隊などそれぞれの見せ場があったり、本当の騎馬戦をやってくれたり。
やられた人は本当に体を横にする。今にも馬から落ちそう。
走っている馬の上から、地上に落ちている長い棒を拾う競争や、競馬をしたり。
それぞれの観客席にカラーがあって、そのカラーごとに馬が居たりして、応援しながらこちらも熱くなる。
走り出せ! 緊張感のある一瞬 並ぶ馬

観客席に向かってすごい勢いで走ってくるときなんかは、思わずよけたくなるような、ド迫力だった。
向かってくる馬 遠くに並ぶ馬 騎馬隊

日本の戦国時代ってこんな感じだったのだろうか。桶狭間の戦いとかこんなのだったのだろうか。戦国時代にタイプスリップしたような感覚に陥る。
本当の戦いってこういうのを言うんだろうな、と思う。下手は武器なんて持たずに、自分の力で馬を操り、自分の力で剣や槍を振りまわす。
もちろん、このイベントでは本当に戦うわけではないけれども、目の前でそういったことをやると、すごいな、すごい迫力だな、と、ただその感想だけだった。まさに圧巻だった。まるで映画のような、2時間のイベントがあっという間だった。

大満足のイベントを終えて、車でホテルへと戻る。
今夜の夕飯はホテルのにて。モンゴルでは一般的の羊の肉。
臭みがある独特のものだけど、結構美味しかった。デザートのアイスがまた美味しかった。
夕飯メイン 夕飯デザート

夕食後、ウランバートルの外を少し歩く。
日が完全に落ちる21時半ぐらいまでは明るい。
まだ明るいうちに外に出て、色々散策。中国、韓国などアジアのお店のレストランが増えている印象だった。
社会主義を捨ててまだ15年ほどのモンゴル。新しい文化を取り入れているのだろうか。
新しいビルも沢山建設中だった。

ホテルに戻る。今夜は数少ないホテル泊。しっかり寝て、明日に備えよう。
おやすみなさい。
2006
08/16
モンゴル旅行記-1
8/5(土)

モンゴル出発日。
こんなに忘れ物がないか心配な旅は初めてだった。

「大丈夫だよね?」
自分に言い聞かせて、トランクを閉める。

夜に家を出て、羽田空港へ。
チャーター便のため、今回は羽田空港からの出発になる。

各種手続きをして、午前0時、JAL8871便は定刻通り、モンゴル・ウランバートルに向けて出発した。

おおよそ4時間半後、モンゴル唯一の国際空港・チンギスハーン空港へ到着。
私の11カ国目の国は、小さな小さな空港だった。
今回ツアーで一緒の人は全部で6人。モンゴルのガイドの人も日本語が上手でホっとする。
前回のタイ・カンボジアはガイドの人の日本語がかなり怪しげで残念なところが多かったから。

車で市街地へと行く。
外はまだ暗い。

この国は街灯が少ない。
走っていると右側は真っ暗、左側は夜景が見える。
首都・ウランバートルの夜景だ。平地から夜景を見るとは思わなかった。それだけ周りに何もない。
外にはゲルが見える。普通にゲルで暮らしている人も、まだ沢山いるんだ、と感じた。

徐々に明るくなっていく空を見ながら「空が近い」と思った。
余計な明かりがないからだろうか、それともモンゴルが比較的、高地なのだろうか。
うっすら見える空が、近い。

車を走らせることおおよそ30分、首都・ウランバートルへ到着。
さすがにここは栄えていた。
ホテルに到着したのが6時。ここでいったん解散。

我々はそのまま朝食を食べ、シャワーを浴びて就寝。
モンゴルに来たんだな、そんなことを思いながらすぐに眠りにつく。
2006
08/14
ただいま
モンゴルより、昨日の早朝に帰ってきました。
ただいま日本。

今回の旅は、今までの旅行の中で、もっとも過酷で、もっとも感動するものになりました。

東ゴビは灼熱でした。
ツーリストキャンプはとっても涼しかった。
列車の旅は砂まみれになった。
一日半の乗馬は全身筋肉痛。
ラクダの上は想像以上に高くて。
首都ウランバートルはどんどん栄えていきそうで。

体調を崩したけど、無理をしてでも色んなことをしたかった。
日本ではとても体験できないようなものを沢山体験してきました。

だから旅行はやめられない。

長い旅行記になりそうです。
2006
08/05
東京タワー
リリー・フランキーの「東京タワー」をようやく読み終えた。
最後はぼろぼろ泣きながら読んだ。
私はこういう系の本はほとんど読まないけど、今回は洋ちゃんがドラマをやる、ということだったので、じゃぁ読んでみるかという気持ちで読んだ。
初めは笑えて、段々のめりこんでいって、最後は・・・。

「読み終わるのがもったいない」と洋ちゃんが言っていたけど
その気持ちがよくわかる本だった。


自分の親のことを考えた。

お父さんは歯がぐらぐらして、一部を入れ歯にした。
しかし入れ歯が気に食わなかったらしく、インプラントにした。
映画館でシルバー料金ですね、といわれたのがショックだったらしい。
白髪が随分増えた。それ以上に随分と薄くなった。
年齢は60を超えた。死ぬまで働くつもりと言って「あと10年かなー」と言った笑顔が忘れられない。
脳の血管の爆弾、脳動脈瘤はいつ破裂してもおかしくない。
一生破裂しなくても、おかしくない。
電気も機構も大工もなんでもやるお父さんの手が、昔よりしわしわしてきた。

お母さんは五十肩が酷くて、四六時中どうしたら治るか考えてる。
体のあちこちが調子悪いとよく言う。
二人で並んで歩いたとき「こんなに小さかったっけ?」とびっくりした。
あんなに多かった髪の毛が、少し減ってきた。


両親の当たり前の「老い」を、今までまじめに考えなかった。
正確に言うと、見て見ないフリをした。

一人暮らし3ヶ月が経とうとしてる。
週末に実家に戻ると、お母さんは「ちゃんと食べてるか」とご飯のことばかり気にする。
「持っていけ」と沢山食材を渡される。

「東京タワー」でもそんなエピソードがあった。
どこの親も、子供が食べてるものが何歳になっても気になるんだなぁと、実感。

いいよ「東京タワー」
いきなり親孝行したくなる気持ちもわからんでもない。

ま、私はしないけどね(笑)


そんな私は明日からモンゴル。
日本人の祖先と言われているモンゴル人に会ったら、また何か感じるかもしれない。

待ってろモンゴル!

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