Natsume's Blog

日々思ったこと、感じたこと、徒然なるままに。 人生最後は笑ったもの勝ち。

 

 

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2007
05/19
トルコ旅行記-2
4/28(土)

6時半起床。ホテルの朝食後、少しだけお散歩する。

朝のイスタンブールは冷える。
白い息が出る。フリースを着てちょうどいい気候だ。
それでも気持ちいい。まだ開店前のお店や、車が行きかう道路、日本と違う信号を見たりしてイスタンブールの街並みを楽しんだ。

8時半にホテルを出発。
まずはイスタンブールの観光。
ヨーロッパ大陸から、アジア大陸へと移動する。
不思議な感じがする。地図で見るとあんなに大きな大陸を、行ったり来たりしてるなんて。
そしてこの国は、街中にトルコ国旗を掲げていた。
なんとなく、純粋な愛国心が羨ましく思う。

イスタンブールは朝から元気だった。
沢山の人と車が行き交う街並みを見ながら、バスはブルーモスクへと到着する。

ブルーモスク。
正式名称はスルタンアフメット・ジャミイと呼ばれる、モスクの内部を彩る青いイズミック・タイルからブルー・モスクの愛称で呼ばれている。
ブルーモスクが建設されたのは今から400年前。世界で唯一6本あるミナレットが特徴の、とても美しいモスク。
ブルーモスク

中は神秘的な雰囲気。
あーこれは、ヨーロッパでもなければ、アジアでもないなぁと思う。この雰囲気は今までにない。
鮮やかな天井や、美しい曲線のつくり。
ブルーモスク中 ブルーモスク天井

下にひかれている絨毯も鮮やかでとても綺麗。
ブルーモスク絨毯

一つ一つモチーフのあるタイルや絨毯は見事なつくりだった。

ああ、今日もいいお天気。観光日和になりそうだ、と思う。
ブルーモスク外

そういえばオランダの代表的な花だと思っていたチューリップは、実はトルコの花だということを初めて知った。
チューリップ学名であるチューリパ語源はトルコ語のトゥルバン(ターバンの意味)で、これはチューリップの花の形が頭に巻くターバンの形に似ていたかららしい。とても歴史ある花で驚いた。
そしていたるところに綺麗に咲き誇っていた。いい季節に行ったな、と思う。
チューリップ

場所を移して、次はアヤソフィアへと行く。
アヤソフィアはビザンチン時代にキリスト教会堂として建設され、オスマン・トルコ時代にモスクとなった世界的な大聖堂だ。今から1400年前に建設され、ブルーモスクよりさらに1000年も古い、歴史あるものである。
アヤソフィア

中に入ると金色の天井が見えた。
アヤソフィア天井

そしてアヤソフィアにはなかった、円盤。
アヤソフィア中
これは文字が書かかれており、唯一神アッラーやムハンマドの名前が書いてある(らしい・・・)
あちこちに細かくコーランが書かれており、イスラムの文化を感じることができる。

床は大理石。そして床に限らず、幾何学模様など、ほとんどのものが「左右対称」
床の大理石でさえ左右対称なのは驚いた。
大理石

直感的にアヤソフィアの方が好きだな、と思う。綺麗なのはブルーモスクだったが、アヤソフィアはブルーモスクにない神秘性や荘厳さを感じることができた。

再びヨーロッパ大陸へバスで移動する。高速、海岸沿いを走る。ここはマルマラ海だ。
途中の場所で昼食。トルコはヨーグルトが有名だけど、ここで「アイラン」というトルコのヨーグルトドリンクを飲んだ。
日本のより少し酸味が強い感じ?でも美味しい。昼食はスープやサラダ、焼き魚と日本っぽい内容だけど、味は日本っぽくない味でした。

海岸沿いは気持ちいい。少し休んで再びバスは進む。
今日でしばらくはヨーロッパ大陸とはお別れ。
ここでカーフェリーに乗り、マルマラ海をカーフェリーで渡る。
カーフェリーは色んな車や人が乗ってたけど、牛がぎゅうぎゅうに車に乗せられていたのが面白かった。
牛さん

海を渡る。風を受けてちょっと寒かったけど、でも気持ち良かった。
マルマラ海

海を渡り、アジア大陸へと到着。再びバスを走らせる。道は牛や馬、草原になった。

1時間後、トロイ遺跡へと到着する。
トロイといえばこれ、木馬。
トロイの木馬
しかしこれは最近作られたもので、子供の遊び場になってた。アスレチックみたいなものか。

さて、トロイ遺跡。
この地に初めて集落ができたのは紀元前3000年。以後、繁栄と没落を繰り返し、歴史とともに埋もれてしまったこの街が知られたのは、1873年。100年そこら前のことなのだ。
トロイ遺跡は長い歴史があるため、第一市、第二市・・・と年代によって遺跡が分かれている。
時代によって城壁の作り方が違ったりして面白い。
トロイ遺跡

遺跡はほとんどが崩壊してしまっていた。
崩壊した遺跡

それでも紀元前3000年前、確かにここには集落が存在したと思うと、一歩一歩を踏みしめたくなる。
トロイ遺跡2

当時、すでにろくろを使って皿が作られていたという。
高い技術力は、あちこちで見ることができた。
ろくろで作った?

トロイは6世紀初頭の大震災で歴史から完全に消えていた。
そう思うと、今も世界中のどこかで遺跡が眠っているのではないかと思う。
近年の遺跡の大発見、アンコールワットを思い出す。

トロイを後にし、今日の観光はここまで。
帰り道の夕日がすごく綺麗だった。建物が黒いシルエットになり、赤ピンクに染められた空はずっと見ていて飽きなかった。

ホテルに戻って夕食をとり、明日に備えてゆっくり眠る。
トルコの青い空が目に焼きついている。
今日もゆっくり、お休みなさい。
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