Natsume's Blog

日々思ったこと、感じたこと、徒然なるままに。 人生最後は笑ったもの勝ち。

 

 

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2007
07/18
北海道旅行~観光編~
北海道は札幌ぐらいしかぶらぶらできなかったけど、色々歩きまわって楽しかったです。
金曜日の夜に到着して、そのまま夜ご飯。居酒屋でスープカレーを食べました。
山ちゃん
居酒屋にしては、なかなか美味しかったです。

2日目は朝から市場。場外市場へ。
ご飯は当然、丼。私はウニが大好きなので、ウニイクラ丼。
場外市場
ウニが美味しかった~イクラはちょっと味が濃かったけど、美味しかった。

ちょうど季節はメロンの季節。夕張メロンは高いので試食だけ。甘くてとっても美味しかった!
市場の様子


地下鉄とバスに揺られて羊ケ丘展望台。修学旅行で着たはずなのに、全く記憶から削除されてたので、なんだか新鮮。

お約束のクラークさん。
クラークさん
クラークさんを遠近法で写真に撮ったりしてかなり遊んだ。手に乗せたり蹴飛ばしたり(!)

ここで食べたい!と思っていた夕張メロンアイス!
夕張メロンアイス
はにゃ~美味しいっ。

意外と楽しめた羊ケ丘展望台。

その後、移動して大泉さんオススメの「ふくらや」へ。
ふくらや

一個100円の肉まん屋。小ぶりなサイズが嬉しい。
美味しい!
これがとっても美味しいの。学生時代に学校の帰りとかに食べたい感じ。

その後、もリーダーオススメのスープカレー「Yellow
スープカレー
ここは相当美味しい!!

3日目は CUE MUSIC JAM-BOREE in YUBARI (当日は写真撮影不可)
CMJ

当日は雲ひとつない晴天。まさにフェス日和。
梅雨のない北海道は湿気も少なく、最高でした。日中はかなり暑かったけど、日が落ちたら一気に気温が下がる。
すごく気持ちがいい中で色んなアーティストが楽しめた。個人的にはFLOWがよかったなぁ。
あとはGLAYの人気はさすが、というところ。会場がまさに一体になった。
最後のTEAM NACSの太鼓もよかった。けど、太鼓はHONORの劇場の中で聴くほうが胸にドンドン響いていいかも?
かっこよかったなぁ。全員で大きな太鼓を叩くときはしびれました。

CMJ2007から帰ってきたら、腹ペコ。そのまま遅くまでやってるラーメン屋へ。
有名店「五丈原」へ。
五丈原

これまたすごく美味しかった!!夜中なのにチャーシューおにぎりまで食べてしまった・・!
ラーメン

帰る日、4日目は「本当はここで「少年よ、大志を抱け」と言ったところ」に立ち寄りました。
大志を抱け

札幌は普通の都会だったけど、ここは自然豊かで北海道を感じれるところだったな。

天気がよくて、真っ黒に焼けてしまいました。
それでもとっても楽しい北海道旅行でした。

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2007
07/16
北海道旅行~どうでしょうを訪ねる編~
CMJ(キューミュージックジャンボリー)を見に行って来ました。
ついでに北海道観光。
まずはどうでしょうを訪ねる旅。

当然、ここは行きました。屋上でonちゃんが迎えてくれた。
HTB外見

HTBの入り口はこんな感じ。この会社はまさに「どうでしょう」なんだなぁ。
HTB入り口

外に出てすぐ隣は、「平岸公園」聖地でございます。
平岸公園
この公園、思ったより狭かった。
そして子供が元気に走り回ったりして遊んでて、今こういうのってあんまり見ないなぁと、なんかほのぼのしてていいなぁと思いました。

ショップも行きました。こちらは札幌の地下街ポールタウンのショップ。ちょっとだけグッズを買った。
ショップ


そして、大泉さんオススメのここ!
カリー軒
CMJの次の日に行ったので、皆同じことを考えていたらしく、混みっぷりが半端じゃなかった。

なんと開店と同時に、ほぼ閉店。我々はほぼ開店時間に行って、ぎりぎり食べられた。それでも2時間ぐらい待ったかな。
売り切れ

食べたものはもちろんこれ「イタリアンハンバーグ」
イタリアンハンバーグ

噂どおり肉汁がすごい!!
肉汁!
本気でお世辞抜きで美味しかった。今まで食べたハンバーグの中で一番美味しかったかも?
また食べたい・・・・。

どうでしょうをめぐる旅はとにかく楽しかったですー。
2007
06/28
四国旅行~香川・うどん~
先日四国旅行に行ってきました。

再び香川でうどんを食らう。


それでは、よーい、ドン!



彦江製麺所 かけ温(小) 130円
彦江
うまい!

なかむら うどん(小)冷 150円
なかむら
うまい!

長田 in 香の香 釜あげ(小)250円
長田
うまい!

谷川製麺所 うどん(小)冷 105円
谷川
うまい!

やまうちうどん ひやひや(小)200円
山内
うまい!

白川 かけうどん 冷 150円
白川
うまい!

小縣家 しょうゆうどん(小)冷 420円
おがた
うまい!

こんぴらうどん(工場店) かけうどん(小)冷 120円
こんぴら
うまい!

宮武うどん あつひや 230円
宮武
うまい!

白川(2回目)かけうどん 冷 あげトッピング 250円
白川2回目
うまい!

山田屋 ざるぶっかけ 530円 
山田屋
うまい!




食べすぎにはご注意を。
2007
06/07
トルコ旅行記-まとめ
トルコの人は世界一と言っていいほど親日家である。

ブルーモスクやアヤソフィアといった有名な観光地には
トルコの小学生が遠足や修学旅行などでも来ている。
私たちを見ると「日本人?」よく話かけてきた。

「日本人だよ」そういうと、子供たちは嬉しそうに「一緒に写真撮って!」と言う。
集まる子供たち

遺跡でも声をかけられた。あっという間に子供があつまる。
名前を聞いて私が発音すると笑われた。トルコの発音は難しい。
ついでに私の名前の発音も難しいみたい。お互い笑いあう。

学生を乗せたバスの前を通ったときは、バスに乗っていた人総出で
バスの中から窓をガンガン叩いていた。
気付いて手を振ると、バスの中の人たちが嬉しそうに手を振り返してくれる。

バスに乗って信号で止まって、同じく信号待ちをしている隣の車をたまたまチラっとみると、車内に居る人総出で手を振ってくれる。

ホテルの朝食の時に声をかけてくれた女の子が
たまたまその日行き先がベルガマ観光と同じだったようで、遺跡のところで声をかけてきてくれた。
彼女は、友達の団体から抜けてきて、わざわざ走ってこちらまで来てくれた。
「今朝、ホテルの朝食のところで会ったよね!」とその一言を言うために。
子供たち

タクシーの休憩所みたいなところで、数人でチャイを飲んでるおじさんたちに声をかけられた。
トルコではどこでもチャイを飲めるような、小さな休憩所みたいなところがある。
「飲んで行きなよ!」声をかけられた。
普通は無料で飲める。少し疑った私たちはあえて「How much?」と聞いた。
「何言ってるんだよ!お金なんていらないよ!」そんな感じで言ってくれた。
とっても陽気なおじさんたちが、すぐにチャイを作ってくれる。

あっという間に温かいチャイを渡してくれた。
チャイは、どの5つ星ホテルで飲んだチャイよりも、一番美味しかった。

「美味しい!美味しい!GOOD!」
なんで「美味しい」ってトルコ語を覚えなかったんだろう、と思ったぐらいとっても美味しくて。
ちょっと疑った自分が恥ずかしかった。

あの味は忘れられない。

誰もが「日本人?日本人大好き!」言う。
それはウソ偽りなく、多分本当なんだと思う。そういうのって受け手のこっちの感じ方でなんとなくわかる。
土産売り場

同じアジアのカンボジアで受けた「日本人は金持ってるからダマしてやれ」という目でもない。
同じヨーロッパのフランスで受けた冷たい目線もない。

ここの視線は優しい。

トルコ人が世界一親日家なのには理由がある。
こんな話がある。(実際は長いのでかなり端折ります)

明治3年、台風で大荒れの海に一隻の船がいた。船は台風の荒波にもまれ、大爆発し座礁した。乗組員たちは深夜の海に投げ出された。助かった人々は必死にがけをよじ登り、息も絶え絶えで小さな灯台にたどり着いた。そこは和歌山県・大島という小さな村だった。
灯台守は、全身傷と血だらけの人を見て驚き、言葉も通じず、身振り手振りからこの人たちがトルコ人であること、他にも沢山の人が海に投げ出されたことを知る。船はトルコ軍艦であった。
村の人たちは総出で水兵たちの救出にあたった。大量の死者が海岸にあげられていく中、まだ息があるものに対し、励まし、治療し、奪われていく体温を必死に温めようと裸になって助かった水兵たちを温めた。
この船はエルトゥールル号といった。
助かった人たちは、村のお寺や小学校に収容された。当時は電気もガスも水道も電話もなく、食べ物も乏しいとても貧しい村だった。助かった69名の乗組員に、言葉も通じない村の人々は必死の介護をした。しかし蓄えがなくなり、最後に非常食として取っておいた鶏も全てトルコの人々に食べさせた。こうして助かった者たちは、一命を取り留めた。
そしてこの遭難の話は明治天皇の耳に届き、この村に医者と看護婦が派遣されてきたのである。さらに69名の乗組員たちは日本の軍艦に乗り、無事トルコへ帰ることができたという。


この話はトルコの教科書に載っている。トルコ人が親日家の理由はこれだけではないが、この話も大きく貢献しているという。

しかし、この話には後日談がある。

1985年、イラク・イラン戦争の真っ只中、サダム・フセインは「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」という声明を発表した。当時イランには日本企業で働く日本人が数多く居た。空港に向かうも全ての飛行機が満席、日本政府の対応も遅れた。当時日本政府から依頼されたある日本の航空会社は、危険度が高いため断ったという。空港に押し寄せた日本人はパニックに陥った。
そこへトルコ航空が、残っていた日本人215名全員を乗せて、日本へと飛び立った。タイムリミットの1時間15分前だった。
なぜトルコ航空がきたのか、政府もマスコミもこのことを知らなかった。
後日、トルコ大使が次のように語った。
「エルトゥールル号の事故に際し、大島の人たちや日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生のころ、歴史教科書で学びました。トルコでは、子供たちでさえ、エルトゥールル号のことを知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」




私は今までこの話を知らなかったことが、恥ずかしかった。
トルコに行く前に知れたことが、唯一の救いだった。

何も知らない日本人は、日本人を運んでくれたトルコ航空に対し「金目当てだ」とまで言ったという。
私はこんな話を教科書で読んだこともない。トルコの人は当たり前のように知っている。


幼い頃の教育が、その後の人間形成に大きくかかわってくることは言うまでもないと思う。
韓国や中国の反日感情だって、授業で日本が歴史的にどうかかわってきたか教えられてきた結果だと思う。
授業で教えられたことだって、どこまでが真実で、どこまでが誇張で、どこまでが偽造なのか、そんなのわからない。
だけど、真実は意外とシンプルだったりする。
「昔助けてくれたから、それのお礼ですよ」要するに、そういうことだ。


トルコは誰一人として、嫌な人が居なかった。
みんな陽気で、みんな優しくて、みんな楽しそうだった。
アイスのお兄さん


そういえば街全体も綺麗だった。
せっせと掃除をする人をよく見かけた。
遺跡や建物のまわりは、あちこちでチューリップが咲き誇っていた。
花と緑と青空が、それはそれは綺麗だった。

すごく単純だけど、今度トルコ人に会うことがあったら
トルコ人というだけで、すごく好印象になると思う。
笑顔で接すると思う。
私がトルコで体験したようなことを、今度は日本に居るトルコの人に同じように体験してほしいと思う。

単純かな。
でも、そういう思いって大事だよね。

真実や、人の感情って、意外とシンプルだったりするんだよ。

いいところだったなぁ、トルコ。


ホント、あったかい人ばっかりだったなぁ。

おもひで


2007
06/07
トルコ旅行記-8
5/4(金)

今日は一気に首都イスタンブールに移動するため、早朝出発。4時半起床となった。さすがに眠い。
ホテルで軽く朝食を食べ、バスはイスタンブールを目指す。

何度か休憩を挟みながら、さすがに早朝なのでバスでうとうとしつつ、しばらく走ると海が見えてきた。

久々のマルマラ海だ。人も多くなり、戻ってきたんだなぁと実感。
昼にイスタンブールに到着。
数日前にイスタンブールにきて、ここから旅が始まったばかりなのに、もう旅を終えようとしている。
なんとも寂しい。

イスタンブールはトルコのヨーロッパ側に位置する。
今までずっとアジア側で観光していた我々は、久々のイスタンブール。
大陸を繋ぐ橋には、アジアからヨーロッパに行く場合には「WELCOME TO EUROPE」
ヨーロッパからアジアの大陸に行く場合は「WELCOME TO ASIA」という看板がそれぞれ橋の最初にある。
ようこそヨーロッパ ようこそアジア
これはまさに2つの異なる大陸に異なるトルコだからある看板。

イスタンブールは渋滞していた。押し押しのスケジュールだったため、若干の心配がよぎる。
しかし渋滞は渋滞で、街がゆっくり見れてこちらは楽しい。
犬も信号待ち
なんだか犬も一緒に信号待ちをしているようで、ほほえましい。

今日はとにかく時間がない。
今日の目的「トプカピ宮殿」へ急いで入り、宝物館などをざっと見た。
見たいと思っていた86カラットのスプーン職人のダイヤモンドは見れてよかったけど
とにかく時間がなくて、駆け足だったのが残念。
トプカピ宮殿は半日ぐらいかけて、ゆっくり見たかった。
展示物は写真撮影不可なので、外だけ。
トプカピ宮殿 トプカピ宮殿2

宮殿内は、ブルーモスクと同じようにチューリップの花が沢山咲いていて、とても綺麗だった。
めずらしく、黒に近い紫のチューリップなんかも見た。
珍しい色のチューリップ

トプカピ宮殿後、トルコでの最後の食事。
最後はドネルケバブ。
ケバブ
味はちょっとイマイチでした。羊の臭みが強かったかな。

そしてそのまま空港へと向かったのでした。

今回の旅行では走行距離は3000キロを超えた。連日、とにかく走りまくった。
そのほとんどを運転してくれたシュクルとお別れ。
ずっとガイドで説明してくれたアティラともお別れ。
アシスタントのヤーシンともお別れ。皆本当にいい人だった。お別れはいつも寂しい。
3000キロを走破したバスは、いつも綺麗にお掃除してくれていた。
バス
快適なバスだった。

空港で最後にいくつかお土産を買い、飛行機は定刻通りトルコ-カタールへと出発しました。
帰りのカタールでのトランジットの時間は短かったため、今回はスムーズに
カタール-関空の飛行機に乗ることができました。
 
5/5(土)
空の上でいつの間にか日付が変わった。
長時間のフライト、早朝の起床、長旅、疲れがたまっていたが、飛行機では思ったほど眠れなかった。
関空に到着したとき、全員が「日本食が食べたい!」との意見。
そろって食べた「うどん」が美味しかったのなんのって。日本人だなぁとしみじみ思う。
添乗員さんともお別れの挨拶も済ませ、関空-羽田の飛行機へと乗る。

くたくたになりながら羽田に到着。
仲良くなったツアーの人達と最後のお別れをし、迎えに来てくれたお父さんの車に乗ってようやく自分の家へと到着したのでした。

こうして10日間のトルコ旅行は終了しました。

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